副業を始めるとき、就業規則の「副業禁止」より実際に効いてくるのが「競業避止」です。入社時の誓約書・就業規則・退職時の誓約書に「在職中および退職後○年間、競合する事業に従事しない」と書かれていることは多く、副業が本業と同じ業界・顧客に関わる場合、ここに引っかかります。結論から言うと、在職中の競業避止は労働契約上の誠実義務として原則有効、退職後の競業避止は「合理的な範囲」(期間・地域・対象・代償)でなければ無効と判断されやすい。そして競業避止とは別に、営業秘密の持ち出し(不正競争防止法)は誓約書の有無にかかわらず違法です。この記事は、労働契約法3条4項(誠実義務)・憲法22条・不正競争防止法2条1項7号を根拠に、会社員の副業と競業避止の線を「在職中」「退職後」「営業秘密」「誓約書に署名する前」で整理します。禁止規定の効力は就業規則の「副業禁止」はどこまで有効?へ。
結論:在職中の競業は原則アウト(誓約書がなくても誠実義務)。退職後の競業避止は合理性がなければ無効。営業秘密の持ち出しは常に違法。副業は「同じ顧客に同じサービス」を避ければ大半は競業にならない
| 場面 | 根拠 | 効力 |
|---|---|---|
| 在職中に競合他社で働く・同じ顧客に個人で売る | 労働契約上の誠実義務(労契法3条4項)。就業規則・誓約書 | 原則有効。懲戒の合理的理由になる |
| 在職中に本業と無関係の分野で副業 | — | 競業に当たらない。就業規則の届出・許可の問題だけ |
| 退職後○年間の競業避止(誓約書) | 合意。憲法22条(職業選択の自由)との調整 | 期間・地域・対象・代償が合理的な範囲でのみ有効。広すぎれば無効 |
| 営業秘密(顧客リスト・技術情報)の持ち出し・使用 | 不正競争防止法2条1項7号等 | 誓約書の有無にかかわらず違法。差止め・損害賠償・刑事罰 |
| 一般的なスキル・経験・公開情報の利用 | — | 自由 |
線①:在職中——誓約書がなくても「競業」は誠実義務違反
労働契約法3条4項は、労働者と使用者が信義に従い誠実に権利を行使し義務を履行するものと定めています。在職中に競合他社で働く、本業の顧客に個人で同じサービスを売る、本業の取引先を自分の副業に誘導する——こうした行為は、誓約書や就業規則に明文がなくても、労働契約上の誠実義務(競業避止義務)に反すると考えられ、懲戒・解雇の合理的理由になります。副業禁止規定の効力が限定的なのに対し、競業は「副業の内容」そのものが問題で、届出の有無に関係なく重い形です。
何が「競業」かは、①本業と同じ業界・商品・サービスか、②本業の顧客・取引先と重なるか、③本業の地位・情報を使うか、で見ます。同じ業界でも、顧客が重ならず本業の情報を使わない形(例:SEのアプリ開発者が無関係の個人向けアプリを作る)は、競業の程度が低いと評価されやすい。
線②:退職後——合理性のない競業避止は無効
退職後の競業避止は、労働契約が終わった後の制約なので、憲法22条の職業選択の自由との調整で「合理的な範囲」に限って有効と考えられています。判断要素は次のとおりです。
- 守るべき使用者の利益:営業秘密・特有のノウハウ・顧客関係があるか(一般的なスキルでは足りない)
- 対象者の地位:機密に接する立場だったか(一般社員に広く課すのは合理性が低い)
- 期間:1年程度なら認められやすく、2年を超えると厳しく見られる傾向
- 地域・対象業務:限定されているか(「全国・全業種」は広すぎる)
- 代償:競業避止の見返り(手当・退職金の上乗せ)があるか
副業として退職後に同業で独立する場合、誓約書の文言が広すぎれば効力が否定される可能性がありますが、争いになれば時間と費用がかかります。署名する前に範囲を確認・交渉するのが現実的です。
線③:営業秘密——誓約書より重い
不正競争防止法2条1項7号は、営業秘密を保有者から示された者が、不正の利益を得る目的等でその営業秘密を使用・開示する行為を不正競争と定め、差止め・損害賠償(3条・4条)・刑事罰(21条)の対象にしています。営業秘密は「秘密として管理され、有用で、公然と知られていない」情報(2条6項)で、顧客リスト・価格表・技術情報・仕入先・未公開の事業計画が典型です。
副業で問題になるのは、
- 本業の顧客リストを使って副業の営業をする
- 本業の技術資料・ソースコード・デザインデータを副業の成果物に使う
- 本業の価格・仕入先の情報を副業の取引に使う
競業避止が無効でも、営業秘密の不正使用は別に違法です。「一般的なスキル・経験」と「営業秘密」の線は、会社の管理下にある具体的な情報か、自分の頭の中の一般化した知識かです。
線④:副業が「競業」にならない設計
| 要素 | 競業になりやすい | 競業になりにくい |
|---|---|---|
| 顧客 | 本業の顧客・取引先・見込み客 | 本業と無関係の個人・企業 |
| 商品・サービス | 本業と同じものを個人で提供 | 本業の商品と競合しない分野 |
| 情報 | 本業の資料・データ・リストを使う | 公開情報と一般的なスキルだけ |
| 地位 | 本業の肩書・会社名を使って営業 | 個人として・所属を出さない |
| 時間 | 勤務時間中・会社の設備で | 勤務時間外・自分の機材で |
「同じスキルを使う」こと自体は競業ではありません。SEがプログラミングの副業をする、デザイナーがデザインの副業をする、営業がライティングの副業をする——顧客・情報・地位を本業と切り離せば、競業の問題は小さくなります。案件を選ぶときは「本業の顧客と重ならないか」を最初に見てください。案件の相場はランサーズのようなクラウドソーシングで把握できます(受注は就業規則の手続を確認してから)。[PR]
業種別|副業が「競業」に当たりやすい形・当たりにくい形
| 本業 | 当たりやすい副業 | 当たりにくい副業 |
|---|---|---|
| IT・SE | 本業の顧客企業のシステム改修を個人で受ける | 無関係な個人向けアプリ・Web制作・技術記事の執筆 |
| 営業・コンサル | 本業の取引先に個人でコンサルを売る | 別業界の中小企業向けの資料作成・営業記事の執筆 |
| デザイナー | 本業のクライアントから直接受注 | クラウドソーシングの無関係な案件 |
| 不動産・保険 | 本業の見込み客に個人で紹介して手数料 | 業界解説の執筆(本業の非公開情報を使わない) |
| 製造・技術職 | 本業の図面・工程を使って同業の受託 | 一般的な技術の講師・教材作成 |
誓約書に署名する前に|3つの確認
- 「競業」の定義:対象業務・地域・期間がどう書かれているか。「当社と競合する一切の事業」のような広い文言は、範囲を限定できないか交渉する
- 副業との関係:在職中の副業が誓約書の「競業」に当たるか。当たらない分野を明示して人事に確認し、メールで残す
- 退職後の期間と代償:退職後○年の制約に対して代償があるか。なければ効力が争われる余地があるが、署名前に期間の短縮を求めるのが現実的
退職後に同業で独立する人の線
退職後の副業・独立が本業と同じ分野になる場合、①誓約書の競業避止の範囲(合理的なら有効)、②営業秘密の不使用(常に)、③在職中の顧客・同僚の引き抜きをしない(在職中の準備行為は誠実義務違反になり得る)、の3つを守れば、同業での独立自体は職業選択の自由の範囲です。在職中にできる準備は、一般的なスキルの向上・公開情報の収集・事業計画の作成までで、顧客への勧誘・取引先への持ちかけは退職後に。
税金|競業の問題とは別
副業の所得が年20万円を超えれば所得税の確定申告、20万円以下でも住民税の申告が必要です。競業の問題は労働契約・不正競争防止法の話で、税務とは無関係ですが、業務委託の所得を普通徴収にすれば住民税の経路は消せます。帳簿と申告書を一か所で済ませたい場合は、弥生のクラウド確定申告ソフトのような会計ソフトを使う方法があります(料金・対応範囲は公式サイトでご確認ください)。[PR]
よくある質問
Q1. 誓約書に署名していない。競業の副業をしてもいい?
在職中は誓約書がなくても誠実義務として競業避止が働きます。退職後は誓約書がなければ原則自由ですが、営業秘密の不使用は常に義務です。
Q2. 本業と同じ業界だが、顧客は重ならない副業
競業の程度は低いと評価されやすい形です。本業の情報を使わず、所属を出さず、人事に「この形は競業に当たるか」を確認してメールで残してください。
Q3. 退職後2年間・全国・同業種禁止の誓約書に署名した
範囲が広く、代償がなければ効力が否定される余地があります。ただし争いになれば負担が大きいので、退職前に範囲の確認・交渉をするのが現実的です。
Q4. 自分で作った顧客との関係は「営業秘密」?
会社の業務として得た顧客情報は会社の営業秘密(管理されていれば)です。自分が開拓した顧客でも、会社のリストとして管理されていれば持ち出せません。
Q5. 副業先が本業の競合だと後で分かった
その時点で副業を止め、人事に申し出てください。知らずに始めた事情は処分の軽重に影響しますが、続ければ故意になります。
まとめ|在職中の競業は内容で決まり、退職後は合理性で決まり、営業秘密は常に守る
会社員の副業と競業避止は、在職中は誓約書の有無にかかわらず誠実義務(労契法3条4項)として競業が禁じられ、退職後の競業避止は期間・地域・対象・代償の合理性がなければ無効と判断されやすく、営業秘密の不正使用(不正競争防止法)は常に違法。副業は「本業の顧客・情報・地位を使わない」設計にすれば競業の問題は小さく、同じスキルを別の顧客に使うことは自由です。誓約書は署名前に範囲を確認し、人事とのやり取りを残す。副業禁止規定の効力は就業規則の「副業禁止」はどこまで有効?をどうぞ。
参考にしている主な一次情報:労働契約法(平成19年法律第128号)第3条第4項・第15条・第16条/日本国憲法 第22条/不正競争防止法(平成5年法律第47号)第2条第1項第7号・第2条第6項・第3条・第4条・第21条(いずれもe-Gov法令検索)/経済産業省「秘密情報の保護ハンドブック」「競業避止義務契約の有効性について」/国税庁「給与所得者で確定申告が必要な人」。
※情報は執筆時点のもので、競業避止の有効性・営業秘密該当性は個別の事案で判断されます。具体的な紛争は弁護士にご相談ください。

