教員を辞めてオンライン講師で独立する——退職後は教特法17条の承認も地公法38条の許可も要らなくなるので、法律上のハードルはほぼ消えます。残るのは「開業届をいつ出すか」「単価をどう決めるか」「最初の生徒をどこから取るか」「地公法38条の2(古巣への営業)と34条(秘密)だけは残る」という実務の話です。この記事は、退職後の手続きを時系列に並べ、所得税法229条(開業届)と青色申告の要件、そして単価と集客の現実を整理します。在職中の承認は教員の兼業承認申請の書き方、退職後に残る線は教員の退職後の副業へ。
結論:法律の縛りはほぼ消える。やることは「開業届・単価・集客・38条の2」の4つ
| 論点 | 退職後どうなるか | 根拠 |
|---|---|---|
| 兼職の承認(教特法17条) | 不要になる(教育公務員でなくなるため) | 教特法17条1項 |
| 営利企業等の従事許可(地公法38条) | 不要になる(職員でなくなるため) | 地公法38条1項 |
| 古巣への営業 | 離職後2年間、在職中の職務に関して働きかけが規制される | 地公法38条の2 |
| 生徒・保護者・学校の情報 | 退職後も守秘義務が続く | 地公法34条2項 |
| 開業届 | 事業として始めるなら1か月以内に提出 | 所得税法229条 |
線①:退職で外れるもの——17条と38条
教育公務員特例法17条1項は「教育公務員は、教育に関する他の職を兼ね、又は教育に関する他の事業若しくは事務に従事することが本務の遂行に支障がないと任命権者において認める場合には……従事することができる」と定めています。主語が「教育公務員」なので、退職して教育公務員でなくなれば、この条文は適用されません。
地方公務員法38条1項も「職員は、任命権者の許可を受けなければ……報酬を得ていかなる事業若しくは事務にも従事してはならない」と、職員であることが前提です。退職すれば同じく外れます。
つまり退職後は、誰に何を教えても、いくら受け取っても、承認も許可も要らない。オンライン講師で独立するうえで、法律上の入口はほぼ開いていると考えて構いません。
線②:退職後も残る2本——38条の2と34条
ただし2つだけ残ります。
地公法38条の2(再就職者による依頼等の規制)は、職員だった者が離職後に営利企業等の地位に就いている場合に、離職前の職務に関して、元の職場に働きかけることを規制する条文です。教員でいえば、元の勤務校や教育委員会に対して、自分の教材・サービスの採用を働きかけるのが典型的に問題になる形です。期間は離職後2年間が基準になります。個人で開業した場合の適用範囲は自治体の条例・運用にもよるので、元の職場に営業する予定があるなら事前に確認してください。
地公法34条2項は「職を退いた後も、また、同様とする」と定めており、秘密を守る義務は退職後も続きます。生徒の氏名・成績・家庭の事情、学校の内部情報を、教材やSNSの発信に使うことはできません。オンライン講師として実績を語るときも、特定できる形で過去の生徒の話をしないのが基本です。
退職後の手続き|時系列で並べる
| 時期 | やること | 備考 |
|---|---|---|
| 退職前 | 共済・年金・健康保険の切替先を決める | 任意継続か国保かを比較 |
| 退職直後 | 健康保険・年金の手続き(14日以内) | 市区町村の窓口 |
| 事業開始から1か月以内 | 開業届(個人事業の開業・廃業等届出書)を提出 | 所得税法229条 |
| 開業から2か月以内 | 青色申告承認申請書を提出(青色でいく場合) | その年から青色にするため |
| 年内 | 収入と経費を帳簿に付ける | 青色65万円控除は複式簿記+e-Taxが要件 |
| 翌年2〜3月 | 確定申告(退職した年は退職所得の確認も) | 退職所得の受給に関する申告書を出していれば通常は申告不要 |
開業届については、所得税法229条が「事業の開始等の事実があつた日から一月以内に……届出書を提出しなければならない」と定めています。出さなくても罰則があるわけではありませんが、青色申告をするには開業届と青色申告承認申請書の両方が必要なので、青色でいくなら実質的に必須です。
単価の決め方|「時給」ではなく「1コマの再現コスト」で考える
オンライン講師で独立するときに最初につまずくのが値付けです。教員時代の給与を時給に割って考えると、相場より高すぎたり安すぎたりします。おすすめは、1コマを届けるのにかかる時間を全部足してから決める方法です。
| 1コマ(50分)に実際かかる時間 | 目安 |
|---|---|
| 授業そのもの | 50分 |
| 教材準備・前回の振り返り | 15〜30分 |
| 授業後の記録・保護者への連絡 | 10〜15分 |
| 日程調整・請求などの事務 | 5〜10分 |
| 合計 | 80〜105分 |
つまり「1コマ50分」でも、実際は1時間半前後を使っています。ここに、社会保険料を自分で全額払うこと、有給や賞与がないこと、集客できない月があることを乗せて考える必要があります。会社員時代の時給と同じ額で1コマを売ると、手取りは大きく下がるというのが、独立して最初に直面する現実です。
値付けの順番としては、①自分が月に確保したい所得額を決める→②働ける時間から月のコマ数の上限を出す→③必要な単価を逆算する→④その単価が市場で通るかを調べる、という流れが現実的です。通らなければ、対象を変える(受験対策・資格試験など単価が上がる領域へ)か、コマ以外の収入(教材販売・録画講座)を混ぜることになります。
最初の生徒をどこから取るか|3つの入口
①プラットフォームに登録する。オンライン指導のサービスに講師登録すると、集客をプラットフォーム側がやってくれます。手数料が引かれるぶん単価は下がりますが、開業直後の「生徒ゼロ」の期間を短くできるのが最大の利点です。契約形態が雇用・業務委託・講師登録のどれかで、税金の扱いが変わるので確認してください。
②自分で集客する。ブログ・SNS・紹介で直接受注する形です。手数料がかからないので単価は高くなりますが、集客が軌道に乗るまで時間がかかります。退職直後に収入がゼロの期間を作れないなら、①と併用するのが現実的です。
③教育系の業務委託を受ける。教材作成、模試の採点、問題の校閲、教育記事の監修といった、指導以外の仕事です。指導より単価は読みやすく、時間帯の自由も利きます。クラウドソーシングで「教材 作成」「教育 記事」と検索すると、実際の募集と相場が見られます。
オンラインで教える仕事は、雇用契約ではなく「講師登録」という形をとるところもあります。たとえばよみかきそろばんくらぶのオンライン先生募集は、自宅からZoomで個別に指導する形で、雇用契約でも業務請負契約でもない講師登録という契約形態です(源泉徴収は行われないため、所得額によっては自分で確定申告をすることになります)。月曜〜土曜の7〜21時の中から可能な時間を選ぶ形なので、独立直後に「決まった時間の収入」を先に確保しておく使い方もできます。応募には大卒であること・長期(最低3年以上)続けられることといった条件があり、Zoomに必要な機材や回線は自分で用意します。条件や募集状況は変わることがあるため、最新の内容は公式サイトでご確認ください。[PR]
経費になるもの|オンライン講師の場合
- 機材:パソコン・ウェブカメラ・マイク・ヘッドセット・照明・タブレット(10万円以上は減価償却)
- 通信費:インターネット回線・スマホ(業務に使った割合分)
- 家賃・光熱費:自宅の一部を仕事に使う場合、面積や使用時間で按分(経費の家事按分)
- 教材費・書籍:指導に使う教材・参考書
- 手数料:プラットフォームの手数料・振込手数料
- 研修費:指導技術や資格の講座(事業に関連するもの)
青色申告で65万円の特別控除を取るには、複式簿記での記帳と、e-Taxによる申告または電子帳簿保存が要件になります。手書きの帳簿だと控除額が下がるので、会計ソフトで記帳するのが現実的です。
収入が安定するまでの資金|「何か月分」を先に決める
独立でいちばん多い失敗は、集客が立ち上がる前に生活費が尽きることです。退職金や貯蓄から「生活費の何か月分を独立の期間に充てるか」を先に決めてから辞めるのが安全です。加えて、退職した年は前年の所得に対して住民税がかかること、国民健康保険料も前年所得で決まることを見込んでおいてください。収入が落ちた年に、前年の所得ベースの税と保険料が来るのが、退職1年目に効いてくる部分です。
よくある質問
Q1. 退職後すぐに元の勤務校の生徒を教えてもいいですか?
法律で禁じられてはいません。ただし在職中に勧誘していた場合や、在職中に知った情報を使った場合は問題になります。34条2項の守秘義務は退職後も続くので、生徒の情報を使わないことが前提です。
Q2. 開業届を出さないとどうなりますか?
罰則の定めはありませんが、青色申告承認申請には開業届が前提になるため、青色の65万円控除・赤字の繰越しといった扱いが受けられません。事業として続けるなら出しておくのが有利です。
Q3. 雑所得と事業所得、どちらになりますか?
継続して営利を目的に、独立して行っているかどうかで判断されます。帳簿を付けて事業として運営している実態があれば事業所得として扱われやすくなります。規模が小さいうちは雑所得とされることもあります。
Q4. 教員免許は独立後も使えますか?
免許は失効しない限り有効です。ただし民間のオンライン指導に免許が必須とは限らず、募集要件は運営会社ごとに違います。「大卒であること」を条件にするところもあります。
Q5. 元同僚に生徒を紹介してもらうのは38条の2に当たりますか?
38条の2は在職中の職務に関する働きかけを規制する条文です。私的な紹介がすべて当たるわけではありませんが、元の職場の立場を使って自分のサービスを採用させる形は避けてください。判断に迷うなら自治体に確認を。
Q6. 年金は退職後どうなりますか?
共済組合の加入者ではなくなり、国民年金(第1号被保険者)に切り替わります。退職後14日以内に市区町村で手続きしてください。将来の受給額に影響するので、免除・納付猶予の制度も含めて確認を。
Q7. インボイス登録は必要ですか?
取引先が課税事業者で、仕入税額控除を求める場合に必要になることがあります。生徒(個人)が相手なら求められないことが多いので、取引先の顔ぶれで判断してください。
まとめ|法律の入口は開く。詰まるのは単価と集客
退職すれば教特法17条も地公法38条も外れ、誰に何を教えても承認・許可は要らなくなります。残るのは、離職後2年の38条の2(古巣への働きかけ)と、退職後も続く34条2項の守秘義務の2本だけ。手続きは開業届(所得税法229条・1か月以内)と青色申告承認申請(2か月以内)で、あとは帳簿を付けるだけです。実際に詰まるのは法律ではなく、1コマの実コストを踏まえた単価と、生徒ゼロの期間をどう短くするか。プラットフォームで土台の収入を確保しながら自力集客を育てるのが、退職直後としては現実的な進め方です。
参考にしている主な一次情報:教育公務員特例法(昭和24年法律第1号)第17条/地方公務員法(昭和25年法律第261号)第34条・第38条・第38条の2/所得税法(昭和40年法律第33号)第229条。条文はe-Gov法令検索で確認しています。
※情報は執筆時点のものです。38条の2の適用範囲や退職手続の運用は自治体によって異なります。青色申告の要件・控除額は年分によって変わることがあるため、最新の情報は国税庁のサイトでご確認ください。
